文学座公演「昭和虞美人草」鳴門例会(2025年11月22日)で“藤尾”役をされる鹿野真央さんを開演前の楽屋に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。
鳴門市民劇場(以下鳴門と略) この作品は夏目漱石の「虞美人草」を1970年代の昭和に置き換えていますが、それぞれの時代に生きる若者たちに共通するところや、相違点について教えてください。
鹿野真央(敬称略 以下鹿野と略) 何ですかね、人間…その年代が持つ悩みとか葛藤みたいな普遍的なものというのは絶対にあると思っています。今はもう令和の時代ですけれど、昭和というあの時代でも、今と同じようなことに悩んだり苦しんだり。なにか反骨精神みたいなことがあったんだなあって。そういう意味ではあまり変わってないんだなあというところは思います。相違点については、当時の映画などを見ると、なんでこんなに大人っぽいんだろうというか、すごく大人に見えるんですよ。やっぱりそれは、戦後からの年数の差なのかなと。平和になればなるほど、ぼんやりしていられるというか。そういう意味では、今、「あの時代」を演じている私ももう38歳で、先輩たち(出演)男性たちも、もう40歳で、50歳近い人もいます。ですから、あの時代の青年たちを演じていても違和感はなくて、そういう意味では(今とは)違うなって思います。
鳴門 「藤尾」を演じられていますが、漱石の小説での「藤尾」よりも、今回の方が非常に魅力的で面白いと感じます。彼女は気性が荒くて、そして情熱的で、とても魅力的な女性だと思います。そんな藤尾をどのような思いで演じられているのか教えてください。
鹿野 そうですね。いわゆる悪女は、演じていて楽しい部分があります。普段の自分とは全く違う存在を演じられるという意味ですごく楽しいとは思います。でもやっぱり、観てくださっているお客さんから嫌われるということもあり、そこがジレンマみたいな感じです。ただ、マキノさんが、(藤尾を)とても魅力的に描いてくださっているので、そこらへんは安心して「悪く」演じられるというか…。もうどうぞ嫌ってくださいっていう風にできるというのは、確かにあります。マキノさんの作品では「藤尾」みたいな女性が必ず出てくると言われていて、やっぱり、マキノさんが好きなタイプの女性なんですよね。だから、そこはこう、マキノさんの戯曲を信じて、マキノさんの描き方を信じて、演じて(やって)いるという感じですね。だから、漱石の「虞美人草」の「藤尾」っていうのはトコトン悪い、最低の女っていう感じですけども、そういった意味では(この作品では)全然違うなあとは思います。
鳴門 「ロックな生き方」という言葉が出てきますが、鹿野さんにとってそれはどんな生き方と思われているのか教えてください。
鹿野 これはもう、多分、出演者全員が考えて考えてやってきたと思うんですけど。やはり「宗近 一」が最初に言った台詞「真面目に、真面目になれよ。それがロックだ」という、まさにそこの一言に集約されているというか。あとは…なんだろう。この間、私のお母さんの「志津子」役の赤司 真理子さんが「型破り」と「型無し」は違うよっていうことをおっしゃられました。「基礎」とか「基本」ということ、型をきちんと勉強しているからこそ、型を破れる。それをしないで破ろうとするのは、もうただの「型無し」だっていうことを教えてくださって。本当にその…型を持っていて、それを破ることもまず「ロック」だなと思います。根は真面目で、そこがベースにあって、そこからどう自分を表現していくか?みたいなことが、すごく「ロック」だなと。
最初は「真面目にロック」という意味を多分、理解してはなかったと思いますね。やっぱり、世の中で言う「ロックンローラー」って、結構ハチャメチャで派手っていうイメージがあるので。でも、彼らも、そこにべ―スを置いた上で、自分がどう生きるか?真面目に生きる、世の中や社会のためにどう生きていくんだ?みたいなことを考えている。やっていくうちにそこがロックなんだろうなって分かってきた感じです。
鳴門 今まで四国か鳴門に来られたことはありますか?
鹿野 はい、あるんです。お仕事で、旅公演でこんな風に来るのは初めてなんですが、私は祖母が香川県の高松市出身で…。それで、小さい頃「香川に行って、鳴門海峡を見て、帰る」みたいな。小学校に入る前くらいで、海の前で写真を撮ったなあというくらいの記憶しかないんですけども、今日、「光江」役の高柳さんと一緒に渦を見に行ってきたんです。ガラス張りになっているので、怖くて歩けませんでした。渦はちょっと早かったんですけど、潮がガッチャンってぶつかっていて凄いなと思いました。
鳴門 この世界に入られたきっかけを教えていただけますでしょうか。
鹿野 中学生の頃、演劇部に入っていたんですが、顧問の先生が厳しくて、やめちゃいました。その後は、有志の団体で、文化祭でミュージカルとかをやっていたんです。その勉強のために…というか、家族が昔から好きだったこともあって、歌舞伎や宝塚も観ていて、演出家になりたいという思いになり、演出家を目指して東京芸術大学に入りました。そうしたら、その時の友人が在学中に文学座の研究所に入って…。その彼女から「演出家になりたいんだったら演技も勉強した方がいいよ」という風に言われ、「文学座に来なよ」って言われて、文学座の研究所の演技部に入所しまして、今に至ります。
鳴門 仕事以外で好きなこと、興味があることや趣味などがあれば教えてください。
鹿野
そうですね。犬がすごく好きで、保護犬のボランティア活動をやっています。「預かりボランティア」といって、センターから引き出した犬を、里親さんが決まるまで家庭で預かるというものです。
今まで10頭匹くらいお世話しました。子犬も成犬も色々いましたけど、わりとみなすぐに里親さんが決まりました。
今のような留守の間は、他の預かりボランティアさんにお願いしています。
鳴門 演劇鑑賞会についてお聞かせいただきたいです。また、市民劇場、特に私たち鳴門市民劇場に対して、何かメッセージがあれば、よろしくお願いしたいと思います。
鹿野 私は文学座に入ってすぐ、舞台に上がるようになって「セールスマンの死」という、たかお鷹主演の舞台で、旅公演にまわったのですけど、演劇鑑賞会、市民劇場が何なのかさっぱりわからないままついて行った感じなんです。そこで、先輩方が市民劇場の方と仲良くお話しされているのを遠くで見て、どうしたらあんな風になれるんだろうと思っていました。「昭和虞美人草」でも、九州から始まり最後の四国ブロックまでまわらせていただいていますが、やっぱり思うのは、こんな風にお芝居を観たいと思ってくださる方が全国にいらっしゃるっていうことが、もうすごく嬉しい。また、もう文学座をやめちゃった後輩で「秋田の市民劇場会員のときに文学座を観て文学座に入りました」っていう子がいたんです。繋がっていくというか、世代を超えて、どんどんどんどん文化を繋いでいくみたいな、すごく重要な役割を果たしていると思うんです。若い子たちはきっと今、インターネットとか配信でも観られるし、行こうと思えば、興味があって東京に出てくれば、観られると思うんですけど、でもやっぱりきっかけっていうのがなかなかないと思うんですよ。それで、市民劇場がある。観てみたいなって思った時に、リーチできて、すぐアクセスできるという団体が(近くに)あるっていうのは、きっとすごくいいことです。文化芸術の振興において、とても重要なことだと思うので、現在無くなっているところもあるのがすごい悲しくはあるんですけれども、どうか、皆さんには末永く頑張って、今後の文学座をよろしくお願いいたします。私たちも頑張ります。
―ここから追加質問―
鳴門 文学座さんは劇団員が非常に多いですね。ちょっと調べましたら、100人とか140人とか…。一度にいくつかの演劇を各地でやられているのでしょうか。
鹿野 いえ、そういうことではないです。もう10年以上出ていない人もいるし、出ている人もいるし。積極的に活動している人もいれば、ちょっとお休みしていますみたいな人もいる感じです。全員が演劇にかかっているわけではないですね。
制作:前田麻登(敬称略) そうですよね。今、新劇団の中では、一番(劇団員が)多い劇団になってしまいました。スタッフ、いわゆる事務所メンバーを合わせると200人くらいいます。今、鹿野言ったように、みんなが全員同じ作品に携わるということはまずないんです。今回も、外部スタッフもいるんですけど、今回の座組は25人で、今、たまたま違うブロック、九州ブロックで、九演連の方に「華岡青洲の妻」を行っているんですけど、それが32人です。また、ごくごく一部なんですけど、例えば文学座アトリエで「アトリエ公演」があったら、その受付を、みんなでやったり、そういった活動があったりします。人数がたくさん集まるのは年末の感謝祭ですかね。文学座には支持会というがあるので、その支持会の方々向けにやるんですけど、その時が一番人数が集まりますかね。それでも、多分100人はいかないんじゃないかなっていう感じですから、実は一緒に活動しているのは半分ぐらいで、なかなか(全員では)できてないんですけど…。
鳴門 鳴門市民劇場は2年前に25周年だったんです。その時のイベントで、まず、角野卓造さん、当時社長の角野さんが演壇に上がって特別講演をしてくださいました。また演出家の松本祐子さんも来てくださり、角野さんと一緒に、会員と「演劇の魅力」「演劇の効用」といったことでパネルディスカッションしてくださいました。このイベントには若い人たちにも来て聞いていただけて、非常に好評でした。その節は本当にありがとうございました。これからも末永くよろしくお願いいたします。