辻萬長さんに演劇直前インタビュー

楽屋訪問17

こまつ座公演「兄おとうと」鳴門例会(2006年2月13日)に“吉野作造”役で出演される辻萬長さんを公演前に訪ね鳴門市民劇場がインタビューしました。

辻萬長さんとインタビューア
鳴門市民劇場(以下鳴門と略)
舞台前の準備でお忙しい中のインタビューありがとうございます。
早速ですが、この作品は憲法改定問題が話題になっている時なので、タイミングの良い芝居ですね。
辻(敬称略)
そうですね、そんなことがあってはいけないのでしょうけれども、この芝居が少しでも考える力になればと思います。
 
鳴門
手ごたえはどうでしょうか。
東京では来てくださったお客さんが、必ず、丁度いいタイミングですねと、おっしゃってくださるので、やっぱり今やって良かったのだと思います。地方はまだ始まったばかりで、お客さんとの交流がないので良くわかりませんが、やはり皆さんの気にしていることだと思いますから、そう感じてくださっているのではないでしょうか。
 
鳴門
実は昨日阿南に行って観て来たのですが、非常にわかりやすい、“おお、こういうことだったのか”とすごく納得できるものでしたね。
そこが井上さんの芝居の信条で、「むずしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」ですから、観ていて「何これ」と思う方はそういらっしゃらないのではないですか。
 
鳴門
私も、昨日阿南で見せていただきました。楽しかったし、おっしゃったとおり、難しいテーマを非常にわかり易く扱っており、楽しくてありがとうございました。
それで、今回の『兄おとうと』は初演の台本に加筆された部分があるらしいのですが、どの辺が変わったのでしょうか。
昨日観て頂いているのでわかると思いますが、二幕の頭に説教強盗が出るシーンがありますね。そこが丸ごと増えたのですよ。初演はその場面がなくて、四場構成で一幕。二時間前後の一幕ものでしたが、それを二幕にして、最初にあの説教強盗を入れたのです。この新しい場は、すごく楽しいやりとりですね。
 
鳴門
観る前に本を読みましたが、ここの場面あったかな?なんて思っていました。この新たに加わった場面で、何か演技に変化はあったのでしょうか。
初演も観てくださっていたら、加わった場面がよくわかったのでしょうね。演じている側としては自分役、僕の場合は吉野作造を中心に考えますから、吉野作造の人柄がすごく良く現れている部分だと思います。世にもまれな善良さが出てきたと思います。また、我々は台本から人物を作ってゆくので、その足がかりが増えることは助かると六人の出演者それぞれがそう思ってるんじゃないでしょうか。
 
鳴門
私はまだ観てなくて、今晩見させて頂くのですが、優秀なお兄さんが、一見仲たがいしているが、弟のことを実は気遣っている、というような場面があると聴いていますが、どのような場面ですか。
多分それはごらんなっていただければわかると思いますが、とにかくどちらも優秀、作造も神童ならば、弟の信次も神童なんです。その兄弟が学者と官僚になる。それぞれの立場で、憲法に対する考え方が違うので、いろいろな局面で対立するんです。各場で対立しますが、その時、普通の人には「あなたはね」と言うと思うのですが、弟には愛情があるので、逆に「だめだよ!お前は!」という風に言えるところがそうなのじゃないですか。
 
鳴門
実在の人物を演じられているのですが、どのようなところが難しいですか。
今も行ったように吉野作造の善良さ、どう考えても、人間がなぜこれほどの善良さを持てるんだろうと思うくらい善良なのですね。ひとつはキリスト教というのがあるので「博愛」というのもあるのだろうけれども、根っからの善良というのもあるのじゃないですかね。僕らが計算でああしよう、こうしようとしたのではなかなかそれを出せない、だから、初演ではそこまでだせないままで、どうしよう、どうしようという状態でいってしまった。再演ではそこらが課題として残っているから、それをどうしようか、それが少しでも何とかできればと思っていたところに、この部分が書き足されていて少しは助かったなという思いがしています。そして、それ以上にもっとできないかなと、努力しているところです。
 
鳴門
今回は歌も踊りもありますね。
歌は台詞と違い作業がひとつ増えますからね。また、踊りもありますが、人はどんなおとなしい人でも、歌ったり踊ったりすることは好きだし、人間が持っている本質ではないですか。ですから僕らはそれをやることは楽しいですね。そこに至るまでは努力し苦労しますが、いざそれが身につくと、言葉だけの芝居よりは歌があって、踊りがあったほうがお客さんにとっても楽しいと思います。
 
鳴門
以前の芝居で歌を歌ったものはあったのでしょうか。
普通に言うミュージカルとか、オペレッタというのを以前に演じたことがあります。けれどもこの芝居はミュージカルとも音楽劇とも違います。「ドラマ ウィズ ミュージック」と言い、井上さんが考案したものと聞いていますので、そうしかいいようがないですよね。この形式の作品に僕が出るのは、これが1本目じゃないかな。その後に『円生と志ん生』と『箱根強羅ホテル』ですね。ここ5.6年井上さんが書いた作品は大体この形式ですね。
 
鳴門
前に来ていただいた『きらめく星座』はそうでないのですか?
違いますね。『きらめく星座』は台詞が歌になるのでなく、「こんな歌、知ってる? じゃ一緒に歌おうよ」という音楽劇ですね。
 
鳴門
辻さんは出演していませんが、『頭痛肩こり樋口一葉』の出だしの音楽「ぼんぼんぼんの・・・」というのがすごく印象に残っているんですが。
歌は、井上作品のほとんどに入っていますよ。僕の出た作品では『黙阿彌オペラ』もそうですね。これは「月も朧に白魚の・・・」という歌舞伎の名台詞をカルメンのハバネラに乗せています。音楽はとにかく井上さんの頭の中にいっぱいあり、いつも劇中に使いたい思いはあるようですね。ただ、『シャンハイムーン』を書いた前後はまったく音楽がない、膨大な台詞だけですよ。
 
鳴門
ところで、辻さんは、『化粧二題』という一人芝居を演じられていますね。
僕は、ひとつ台詞に対して、相手が返してくる、そしてその連続で何かが生まれるという構造というか、コミュニケーションが楽しくて芝居をしているので、一人芝居は考えたことがあまりなかったんです。ところが、井上さんが僕に一人芝居を書きますからねと言った時、「いや、やめてくださいよ」と言ったのですよ。台詞を受ける相手のリアクションがないと演じにくいと思っていました。でもすべてに出たい井上さんの新作で男版の『化粧』ですから、とにかくやってみました。ところが、相手役を如何様にも自分で作れるのですね。だからそれなりの醍醐味がありましたよ。でも作業は難しいし、舞台上では自分だけだから逃げ場がない怖さはありますね。また、三人の演技者がいると二人が演じている時に第三者でいるという立場があるのでいいのですがそれもない。でも拍手を貰う時は、一人芝居ではすべて自分への拍手ですか、気持ちはよかった。
 
鳴門
一人芝居もそうですが、今回も普段言い慣れない台詞が膨大ですよね。どのようにして覚えておられるのですか。以前テレビで仲代達矢さんが、壁一面に台詞を書いた紙をはって、台詞を覚える姿を紹介する番組があったのですが、私の年でもなかなか覚えられないのに、あのお年で膨大な台詞を覚える努力をされているのに感心し、感動しました。
台詞の覚え方は人それぞれですが、僕の場合は企業秘密です。でも台詞は立稽古のときには覚えていないと楽しくないですね。すらすらと台詞が出てこないと、それが気になって自由に動けないじゃないですか。だから役者は早くそこまで持っていきたいのです。でも井上さんの台詞は、独特にリズムとか、普段使わない言葉が多いので覚えにくいですね。さらに新作のときは、台本の脱稿も初日直前なので大変ですよ。「俺の体に触るなよ、触るなよ、台詞がこぼれるから」といっている状態ですよ。
 
鳴門
ところで、辻さんは、こまつ座唯一の役者ですよね。当然共演する役者さんは、みんな外部の人なのですが、やり辛いところはないのですか?
そんなことはまったくないでね。こまつ座はもともと役者のいない制作集団ですよね。たまたまそこに籍を置かせていただいているだけなので、まったく関係ないですね。こまつ座に籍を置く前はどこにも所属していませんし、いつも違う人との共演していましたから、役者としての環境は同じですね。それは他の方も同じではないですか。
 
鳴門
井上さんの作品はほとんど出演されているのですか
こまつ座で上演する作品では、三分の一位じゃないですか。全部出ようと思っても出られないじゃないですか。無理ですよ。たとえば、『花よりタンゴ』は、僕が出ようとすると「金太郎」役だと思うのですが、あれは小林勝也さんがやっているでしょう。また、登場人物としては40代から50代が多いと思うが、若い役は体力的にももうできませんよ。女性だけの芝居もありますしね。
 
鳴門
役者になったきっかけは何ですか。
機械いじり、設計図を描くのが好きで、工業高校に行こうと思ったのですが、恩師が、今は工科大学にいかなければだめだということで、普通高校に進んだのですね。しかし、すぐにでも設計をしたい、機械をいじりたいのだが、そういう環境がないわけであせっていました。そこに演劇部が装置を作らせてくれると言うので喜んで入部したのですね。そうしたら、人数が少ないので演劇にも参加させられて、それが県のコンクールで優勝して、みんなで抱き合って「やあー、良かったね」となった時の感動が、きっかけですね。その後学校に来た劇団の芝居を観て、更に感動してもっとやりたいなと思ったのですね。
 
鳴門
辻さんの渋い歌声に感動したのですが、普段から何かトレーニングしていますか。
歌はすごく好きですよ。ここに来るまでも鼻唄を歌いながらですから。どこでも鼻唄を歌っていますから、鼻唄が聞こえてこないと、皆からどこか具合が悪いんじゃないかといわれてしまいます。
ミュージカルの場合、音楽的に高いあるレベルが要求されますね。でも、それは訓練も受けていない僕にはできない。僕は役者ですから、登場人物のそのときの心情を大切にして歌うことを心掛けています。ただ、歌い方については役者に楽をさせないようなアレンジがされていますね。普通の歌い方ではなく、少し違ったようにすることで、役者が集中する瞬間を作らせるのですね。また、難しいことをクリアした場合には更に一段上のことが要求されますね。しかも初日までね。
 
鳴門
お髭を蓄えていますが。舞台のためなのですか。
これはそうです。普段髭はないですよ。でも幸いに髭が濃いほうなので、いかようにもできるんです。
 
鳴門
最後に「演劇鑑賞団体」について
日本の新劇は東京公演だけでは絶対に成り立たないのです。でも、僕はメッセージのあるそして面白さのある新劇がやりたいのですね。20回位の東京公演だけではなく、地方公演も100回くらいやって、全国の人に観てもらいたいですね。ですから、演劇鑑賞団体がなくなったら、演劇の発展にかなりの支障が出ると思います。各地にこのような鑑賞団体があり、呼んでいただけるのはありがたいですね。ただ、芝居はこの1600名の劇場で観るより、紀伊國屋ホールのような400名位のキャパで観たほうが、どんなにか良いかとは思います。地方の人たちも東京に観劇に来ることを最終目標しながら、今は我々が各地に行って観て貰うしかないのかなと思います。また同時に、日本各地に800名位の劇場がたくさんできるといいと思います。観る環境が芝居人口をもっと広げる要素になると思いますから。
鳴門
長時間にわたりありがとうございました。

E-mailでのお問い合わせは              鳴門市民劇場ホームページ
nrt-geki@mc.pikara.ne.jp
まで。